COLUMNコラム

作業空間だった土間の歴史

 近代以降に消失した作業空間としての土間

土間は本来、作業空間であり、農家が脱穀などの農作業をしたり、農機具を手入れする場所でした。竈(かまど)が据えられ、煮炊きを行い、漬物やみそを収納する場でもありました。

かつては漁師の家にも土間がありました。それというのも魚を捕るだけでは暮らしていけずに半農半漁の生活をしていたからであって、漁だけで生活できるようになると作業空間は前浜の網小屋に移り、次第に家の中から土間が消えていきました。大正時代・昭和時代に建てられた道南の漁家には、既に土間は見られません。

同様に都会の民家も、家の中で作業をすることがなくなるに従って土間はだんだん狭くなり、履き物を脱ぎ履きするだけの場所になっていきました。あくまで土間というのは作業空間だったわけです。

サンルームとして機能した國兼家住宅の土縁

そうした中で面白いのが岩見沢市にある國兼家住宅です。國兼家は大正6年(1917)頃に建てられた和風住宅ですが、座敷と次の間の2部屋に面する形で土縁(ドエン)という土間空間が設けられています。

土縁は雪国の古い建物に見られるもので、もともと雪囲いから発展したといわれています。雪囲いを建築の一部として取り込み、日常的に開閉できる開口部にしたのが土縁です。

本州の土縁は縁の外側に柱を立てて軒を支え、雨戸でふさぐ構造が多く見られます。これに対し國兼家住宅は土縁部分も基礎の上に設けられ、岩見沢の寒さに適応させた構造になっています。いわば、サンルームのような機能を果たしたのでしょう。

土間の復権、竪穴住居への回帰

現代の住まいにおいては土間が見直され、玄関スペースに広い土間を設けてリビングと一体化するケースが増えていると聞きます。そこに素敵な自転車を飾ったり、観葉植物を置くなど、お客さんが来たときに視覚的なおもてなしの役割を果たしているようです。そういう意味では、現代の土間は書院造りにおける座敷飾りの機能を有しているといえるでしょう。

土間は屋内と屋外との連続性を保ちながら、同時にリビングの延長線として全体で大きな一つの空間をかたちづくります。それは機能で完全に切り分けるのではなく、あいまいで多様な一つの空間です。極端な言い方をすれば、それは竪穴式住居に近いのかもしれません。一つの大きな空間ですべての機能を果たす、竪穴式ワンルームの考え方です。これは省エネルギーの観点からも非常に合理的です。

土間と称した空間を今後どのように機能させていくのか。研究者の私にとっても非常に興味深いところです。國兼家が土縁をサンルームに発展させたように、北海道の住宅が土間をどう取り込んでいくか。北海道ならではの発展を遂げていったら面白いですね。


インタビュー協力
札幌市立大学デザイン学部
札幌市立大学大学院デザイン研究科
教授 博士(工学)
羽深久夫さん

 


MIRAYEの土間